


―中原健聡氏プロフィール―
小学校教員時代、QUにおける学級満足度76%(全国平均36%)を達成、また、学校生活意欲(友達関係、学習意欲、学級の雰囲気)、ソーシャルスキル(かかわり、配慮)においてもすべて全国平均以上という結果を達成。その後、私学の札幌新陽高校の学校改革に携わり、教育効果を再定義する探究コースの設計を担い、経営危機の学校において2年で生徒充足率100%越えを達成するなど経営回復に貢献。2019年にTeachForJapan代表理事・CEO就任後、団体のフェロー(教師)数は過去最大を記録している。
小学校教員時代、QUにおける学級満足度76%(全国平均36%)を達成、また、学校生活意欲(友達関係、学習意欲、学級の雰囲気)、ソーシャルスキル(かかわり、配慮)においてもすべて全国平均以上という結果を達成。その後、私学の札幌新陽高校の学校改革に携わり、教育効果を再定義する探究コースの設計を担い、経営危機の学校において2年で生徒充足率100%越えを達成するなど経営回復に貢献。2019年にTeachForJapan代表理事・CEO就任後、団体のフェロー(教師)数は過去最大を記録している。
教員の養成・採用・研修の改革による教育現場の改善
独自に選考した人材に研修を行った上で、教師として2年間、学校に配置するフェローシップ・プログラムを運営している認定NPO法人Teach For Japan。自身もフェローとして現場の課題解決に取り組み、現在では代表理事を務めている中原氏より、教育現場が直面する人材不足を起点とした様々な課題に対する取り組みについて伺った。
|日本における教育の本質と現実とのギャップ

日本財団「18歳意識調査『第20回 社会や国に対する意識調査 』」(https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2019/11/wha_pro_eig_97.pdf)より引用。
教育格差を考える前に、まず、教育の本質を考えてみたい。その定義は人により様々だが、日本においては教育基本法、学習指導要領が存在し、その中では、基礎的な知識・技能を活用してさまざまな問題に積極的に対応し解決する力や、 自らを律し他者と協調する豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力といった「生きる力」の養成が指針として定められている。
一方グラフから、日本の若者は、自律性や自らが社会の担い手であるという自信が、諸外国に比べ顕著に低いことが読み取れる。ここから、国が目指している教育の目的、目標と現実との間に大きな乖離があるとわかる。その乖離の原因は、義務教育や高校、大学それぞれの境界にある入試や就職率のみが教育機関の評価の中心になっており、教育の目的、目標と現状の整理がないまま手段の議論がなされていることにある。
|格差を生み出す起点
格差の起点にも着目したい。その一つとして、Michael Barberの40年GAP説が考えられる。子どもが成長し、社会に出て活躍するようになるまでには約20年かかる。しかし、親、教師などの大人は、自分たちが受けた20年前の教育をベースに子どもに与える教育を考えてしまう。そのため、ともすると教育は、子どもが大人になってそれを活用する時点からみると40年も前の内容になってしまうのだ。子どもの将来を考えるならば、本来教育は未来から逆算して構想されなければならないはずだ。例えば、現代はテクノロジーによって社会が変化するスピードは昔に比べ速く、従来のように学歴が安定した将来を保証する時代ではなくなっている。現代に40年前の教育を行っても不十分だろう。つまるところ、教育格差が生じる起点は人である。大人が持つ未来の社会についての認識差が、子どもの可能性の差・またその認識の差につながるのだ。大人が子どもに最も影響する教育環境の一部として、現実に対応していないことが40年ギャップという問題を生むのだ。

したがって、大人がどういった意識で学習環境を設計するのか、常に時代に合わせ視点を変化させているか、といった問いがよりよい教育を考える第一歩となる。
|格差を助長しているシステム

前段に述べたように生じる教育格差を、現状の教育制度が助長してしまっている。その一つが、人材不足が引き起こしている学校崩壊だ。教員を採用し、養成するシステムがそもそも崩れているのだ。現在、大量退職に伴い教員の採用数は増えている一方、少子化による人口減少で教員のなり手は不足している。そのため、倍率が低い中で定数を埋めざるをえず、教員採用試験はセレクションの機能を十分に果たせていない。その一方で、教員養成過程が実務に役に立ったと回答した人は、実習・演習を除く教科では平均で50%ほどで、養成課程で教員の質を担保できているとも言えなさそうだ。その上実際に現場に立つようになってからも、労働環境が過酷なため教えながら教員としてのスキルアップを図るということはままならない。こうして、教員を取り巻く環境が教員志望者をさらに減らすという悪循環を起こしてしまっている。

Teach For Japanは人材不足、流出によって生み出される負の連鎖を断ち切ることを目指して、既存の養成・採用システムにとらわれない人材供給システムの構築を行っている。それは、教員養成課程や教員免許に縛られない制度を用いた入職の多軸化だ。教員になる多くの人は、教員免許取得、採用試験を経て学校に赴任する。しかしTeach For Japanは様々な経歴の人を募集し、研修を実施し、教員免許を保持していない人には臨時免許や特別免許自治体から付与いただき、学校現場に送り出す。学校が単一の過程からしか人材が得られない状況を打開し、教育や人生について多様な価値観を持った大人が加わることによって、子どもが公教育に適応しなければならない現状から、すべての子どもに適応できる公教育の機能を備えた学校に変化させていくことを目指す。
こういった新たな取り組みを進めるにあたって忘れてはならないのは、現在働いている先生方のモチベーションだ。教育について改善を目指し新たな取り組みを提言する際、教師の否定のみに陥らないこと、また他者のつるし上げにならないことに留意しなければならない。
「教育の目的や目標が実現されていない原因を、教員個人の力量に責任を押し付けるのは簡単ですが、学校現場の仕組みから課題を捉える必要があります。教育の質、教員の資質能力、教員の業務内容などの学校指導体制の現状と学校現場の課題を生む構造を捉え、既存の制度がどういう仕組みか理解して、逆手にとれる仕組みとは何かを見つけていくことが政策提言において重要です。」
中原氏のお話は、教育の問題点を特に大人の体験による確証バイアスに見出している点が特徴的であった。政策立案にあたっては、問題を社会構造に求めがちだが、教育を行う大人の視点が変わらなければ現状は変わらない。私たちは常に社会の変化に注目し、未来を展望して教育の在り方から考えなければならない。
政策立案ではしばしば、制度などハード面を考案することで様々なアクターを動かすことを考えがちだ。しかし、実際に現場で働く人の立場に立って考えられなければ、問題解決は困難である。政策・制度によって発生している問題や教育という営みが本質的に抱える欠陥を分析したうえで、現場から変えていくという手段を選んだ中原氏のお話は、課題解決を考える上で非常に説得力のあるものだった。問題構造やそれを引き起こす制度を批判するだけでなく、問題に関わるすべての人の立場に立って考え、真に問題解決に資する政策を作っていきたい。