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上鹿渡和宏先生プロフィール―

 児童精神科医、博士(福祉社会学)。慶應義塾大学文学部、信州大学医学部卒業、京都府立大学大学院公共政策学研究科福祉社会学専攻博士後期課程修了。佐久総合病院、静岡県立こころの医療センター、京都市児童福祉センター、信州大学医学部、長野大学社会福祉学部等を経て早稲田大学人間科学学術院教授。厚生労働省「新たな社会的養育の在り方に関する検討会」構成員。社会的養護における家庭養育への移行について研究し実践展開。2020年4月に早稲田大学社会的養育研究所を開設。

 児童精神科医、博士(福祉社会学)。慶應義塾大学文学部、信州大学医学部卒業、京都府立大学大学院公共政策学研究科福祉社会学専攻博士後期課程修了。佐久総合病院、静岡県立こころの医療センター、京都市児童福祉センター、信州大学医学部、長野大学社会福祉学部等を経て早稲田大学人間科学学術院教授。厚生労働省「新たな社会的養育の在り方に関する検討会」構成員。社会的養護における家庭養育への移行について研究し実践展開。2020年4月に早稲田大学社会的養育研究所を開設。

 早稲田大学人間科学学術院の上鹿渡和宏(かみかど かずひろ)先生からお話を伺った。精神科医として現場で活躍されながら、児童福祉の分野にも精通しておられる上鹿渡先生は、虐待、ネグレクト、親の死亡や行方不明など様々な理由で家庭で暮らすことが困難になった子どもたちを保護し、養育する社会的養護の日本における現状とそこに見られる主な課題について様々なデータや研究、そして現場での経験を交えながらお話しくださった。。

| 社会的養護下の子どもたちが直面する教育格差

 『全国児童養護施設調査2018 社会的自立と支援に関する調査』によると、全高卒者の進学率70%と比べると、施設退所者の大学進学率は上昇しているものの30%ほどとかなり低くなっており、その代わりに就職の割合が高くなっている。さらに社会的養護の中でも、施設に入った場合と里親の下で育つ場合では大学進学率に差が見られ、前者の方が低い傾向にある。その上、施設退所者の進学後の状況を見てみると、2014年の退所者118人のうち、卒業したのは50%ほどにすぎなかった。また、一定期間での進学者合計625人のうち、中退者の総数は103名で16.5%。これは、一般の中退率と比べても高い数値となっている。ここから、大学に入る時点でまず差があり、さらに続けられるかどうかにも差がみられることがわかる。そこには、授業料、生活費、住居の確保の困難などが背景にあるが、表面には見えてこない要因もある。

 

| 教育格差の裏にある、不適切な養育の影響

 教育格差には前述の通り様々な原因が絡み合っており、支援不足も一因ではあるものの、表に出てきにくい、不適切な養育の影響を無視することは出来ない。「自立生活能力を高める養育について」(出典:厚生労働省こども家庭局家庭福祉課「社会的養育の推進に向けて」令和2年4月)には、社会的養護の子どもたちが抱える根本的な課題が見て取れる。ここには、安心感ある場所で、大切にされる体験を提供し、自己肯定感をはぐくみ、自分らしく生きる力を養うなど、子どものために重要なことが書かれている。しかし、社会的養護の下にある子どもは、こうした部分に課題を抱えている場合が多いのが現状である。児童養護施設に措置された児童のうち、半分以上が虐待とネグレクトを受けた経験を持っている。親はいるものの、何らかの理由で一緒に暮らせない状況になっている子どもが多いことが分かる。
 暴力にさらされた子どもは脳機能そのものに多大な悪影響を受けている場合がある。怒りの表情に強く反応する一方で悲しみの表情には反応しないという、反応レベルでの変化が起きており、ここには戦時下における兵士と同様の傾向が見られる。この変化は、短期的には非常事態、危険な状況への適応といえるが、のちの様々な精神症状に繋がり得る。学校などで不適切な問題行動をしているとされてしまう子どもの背景には、この増幅された怒りの反応があるかもしれない。

 「学校においての集団での勉強への適応の中で、知的問題以外にも、こうした原因が影響しているかもしれないのだということを視点として持っておいてほしい。特に、一番困っている子どもというのは、表面上の出来なさやうまくいかなさにこうした要因が絡んでいる可能性が高いんです。」

 また、子どもにとってあるべきものが「ない」と、当然ながら子どもの成育に大きな影響が出る。本来養育すべき者が子どもの食事や身の回りの世話を放棄することをネグレクトというが、大人がネグレクトと認識するか否かに関係なく、子ども自身が「無視されている」と感じればメンタルヘルス上の問題を抱えるリスクは高まる。当たり前のことではあるが、それぞれの子どもの視点に立って捉えることが重要なのだ。また、もう一つ重要なのがアタッチメントについてである。通常であれば、子どもは安全感や安心感を得られる安全基地を持ち、そこを起点にして新しい学びを得るための探索行動にでかけ、成長していく。しかしながら、安全基地がない子、機能していない子は、他人に対する基本的信頼感や自分に対する基本的肯定感を築きにくくなってしまう。世界的には2009年の「子どもの代替養育に関する国連指針」において、乳幼児の養護は家庭を基本とした環境でされるべきだという方向性が打ち出されており、日本においても2016年の法改正をきっかけにそうした動きに踏み出しているところである。しかしながら、当然家庭養育への移行が全てを解決するわけではない。養育の形式よりもその個別の養育の質、つまり愛着の安定性を確保できるかどうかが最重要である。

| 子どもたちが保護されれば終わりではない

 現状として児童相談所における虐待の相談件数は増えており、実際には死亡事例も多くある。特に3歳児以下で死亡するケースが多い。そうした中で、子どもの虐待への対応においては早期発見・介入が必要だと一般に言われている。

 「では、早期発見・介入により安全確保のため家庭から離された子どもはどう生きていくのか?」

 早期発見・介入によって救われた子のその後についての認識は広まっておらず、社会全体として知っておく必要があるように思う。先程の大学進学率のデータからも見えてくる教育格差の実態。その背景として施設や里親の下での生活がどうなっているのか、また、それ以前の生活がどのような影響を与えているのかを考えていく必要がある。
 現在、日本にいる社会的養護の子どものうち、その多くは乳児院や児童養護施設で暮らしている。これらの施設は虐待などを受けた子どもたちに安心・安全な生活を保障する場であるはずだが、施設内虐待や施設内暴力が起きてしまう場合もある。実際のところ、「あそこに行くくらいなら家で叩かれている方がマシ」、そう口にする子どももいた。
 精神科医として現場で子どもと向き合う中で、こうした状況を目の当たりにした経験は、医療だけでなく、福祉の分野を志すきっかけとなった。社会的養護下の子どもたちにとってまず重要なのは医療よりも先に、安定した生活の場所をしっかり整えること。そして施設は、一緒に生きてくれる人がみつかる場所であるべきだ。これは、社会的養護の状況改善はもちろん、教育格差の是正に向けても重要な視点である。

| 日本での社会的養育の現状

 日本における社会的養護には2つの特徴的な課題がある。一つ目は、社会的養護の措置を受ける子どもの割合が欧米諸国に比べ低いことである。これは、養護を受けるべき子どもが日本で少ないのではなく、そうした子どもが保護を受けられないまま家に留まっているということを意味しているだろう。二つ目は、そうして保護された子どもの預かり先として施設養護への依存が高いことだ。制度が異なるため、単純な比較は出来ないが、2010年の時点で欧米諸国ではおおむね半数以上が里親委託であるのに対し、日本では、施設:里親の比率が9:1となっている。世界的には家庭養育への移行の潮流があり、日本でも現在は2016年の児童福祉法改正をきっかけに里親委託率は20%近くなっているものの、まだまだ少ないのが現状だ。また、里親委託率は自治体間格差も大きい。平成30年度末の69都道府県市別里親等委託率によると、最も高かった新潟市では55.9%であったのに対し、最も低かった熊本市では10.8%であった。

 

| 社会的養育において大切なこと

 現在の日本ではようやく、社会的養育においてまずは家庭の環境を確保すること、それが難しければ、家庭と同様の養育環境を提供、それでも難しければ施設へという捉え方になってきた。

 「もしかしたら、「下手な躾(虐待)」の方法しか分からず、親も困っていたのかもしれない。もし親を助けてくれる人がいたら、自分は離れずに仲良く暮らしていけたのではないか。」

  これは当事者の子どもの声である。子どもにとってやはり一番良いのは家庭で親と一緒に暮らすこと。虐待への対応においても、早期発見・介入のもっと手前、そもそも親がそのような養育をせずに済むような取り組みが必要なのである。そうしていても難しい場合、早期発見・介入を行なった後で、「『一緒に生きてくれる人』が見つかる場所」を提供していくことが求められる。

 先生のお話を聞いた今、小学生の頃を思い出してみると、あの時あのような行動を取っていた子には、何か家庭に事情があったのかもしれないと感じる。自分と異なる境遇の子どもたちの気持ちや体験を想像することはとても難しいことだが、幼いころから本来あるはずの愛情が得られないという状況は相当辛いものだと思う。これまで、虐待という言葉をニュースで見聞きすることはあってもどこか他人事のように捉えてしまう自分がいた。大学生になった今、当時は気づくことがなかった子どもたちの苦悩や課題に目を向け、自分が今こうして大学に進学し、勉強出来ていることについてたちどまって考えるきっかけとなった。

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