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NPO法人 日向ぼっこ様プロフィール

NPO法人日向ぼっこは「多様性が尊重される社会の実現」を目指し活動する団体です。来館される方が安心・安全に集え、自由に過ごせる場所「日向ぼっこサロン」の運営をする「居場所事業」と、様々な方からお話頂いた事柄について、寄り添いながら一緒に考える「相談事業」、日向ぼっこに関わってくださる方々の声を集め、社会に向けて発信する「発信事業」を行っています。

 厚生労働省によれば、社会的養護とは「保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童を、公的責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うこと」である。社会的養護の対象者は、経済的支援を受けることが難しく、進路選択において不利を被ること、また、心から頼ることができる人が存在しないことも多いようである。これらの問題は、教育格差という問題の一つの側面となっている。

 今回は、社会的養護の対象者の方を中心に、多様な方々に居場所となりうる場所の提供や相談に乗るなどの活動を行なっている、NPO法人日向ぼっこにお話を伺った。ヒアリングでは、多様な利用者の方の中で特に苦しい状況にある社会的養護出身の方の体験や既存の支援政策の問題点を説明していただいた。 

NPO法人日向ぼっこは「多様性が尊重される社会の実現」を目指し活動する団体です。来館される方が安心・安全に集え、自由に過ごせる場所「日向ぼっこサロン」の運営をする「居場所事業」と、様々な方からお話頂いた事柄について、寄り添いながら一緒に考える「相談事業」、日向ぼっこに関わってくださる方々の声を集め、社会に向けて発信する「発信事業」を行っています。

 厚生労働省によれば、社会的養護とは「保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童を、公的責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うこと」である。社会的養護の対象者は、経済的支援を受けることが難しく、進路選択において不利を被ること、また、心から頼ることができる人が存在しないことも多いようである。これらの問題は、教育格差という問題の一つの側面となっている。

 今回は、社会的養護の対象者の方を中心に、多様な方々に居場所となりうる場所の提供や相談に乗るなどの活動を行なっている、NPO法人日向ぼっこにお話を伺った。ヒアリングでは、多様な利用者の方の中で特に苦しい状況にある社会的養護出身の方の体験や既存の支援政策の問題点を説明していただいた。 

社会的養護の当事者という複雑性

 NPO法人日向ぼっこは2006年当初、社会的養護の当事者団体として「社会的養護の当事者のネットワーク作り」を目的に設立されたが、2013年に活動の目的を「多様性が尊重される社会の実現」に変更した。これには、①社会的擁護の当事者以外の人からの相談が増えた(例えば、性に違和感を持っている方、一人親の方、外国籍の方など)。「それから、当事者でなくても同じような大変さを抱えた方からの相談が増えてきたんですね。社会的養護の本来の意味——社会で子どもを育む——というところではどの方も一緒(の立場)だと感じています。」②社会的養護の当事者は一括りにすることができず、日向ぼっこも社会的養護の当事者の団体であったが、訪ねてくる当事者のことをいつも完全に理解できていたとは言えなかった。「社会的養護の当事者は一括りにすることはできず、一人一人背景が違います。」「③当事者とはそもそも誰なのか、誰が決めるものなのかという問題に直面したという背景がある。

また、社会的養護に直接関係しない人々も日向ぼっこの活動に巻き込んでいきたいという思いがあった。 

本人の意思を尊重し一人で抱え込ませない

 日向ぼっこは主に3つの事業を展開している。まず、居場所事業である。日向ぼっこは気楽に過ごせる安心・安全な場所作りを重視している。居場所では、ゲームや談笑を楽しんだり、週に一度スタッフと共に夕食を取ることもできる。(但し、新型コロナ感染拡大のため現在は実施しておりません)

 次に、相談事業である。

「私たちは、一緒に考えるということを大事にしています。問題を解決するためにというよりは、その人達が考えている問題が何なのかというのを、ご本人の意思を尊重しながらご本人と一緒に考えるということを大事にしたいと思っています。」

 そして、私たちは専門家ではないので専門的な知識が必要になった際は適切な機関・専門家と連携し、相談者にとってよりよい解決法を探る。提携先としては、児童福祉施設や行政機関、医療機関、弁護士などがある。

 最後に発信事業である。
 発信事業では、当団体の活動を多くの方に知っていただくことと、来館された方々の声を発信している。多くの人々に活動の情報を届けるために、メールマガジンやインターネットを用いたり、直接講演会に赴いたりすること、また話をしてくれた人の困難さや生きづらさ、抱えている思いを多くの人に知ってもらうという意味でも発信事業は大事だと考えている。

 このように、日向ぼっこは社会的養護を含む多様な人たちに向けて様々な活動を行なっている。しかし、日向ぼっこは支援団体ではないそうだ。

 「結果として私たちがしたことが、その人達にとって支援になるということはあるかもしれませんし、そうなったらとてもうれしいです。しかし、困った人は来てくださいね、というはじめから支援を行うではやっていません。」
 それは、日向ぼっこが訪れた人のために何ができるかは、話の内容を聞くまでわからないからだ。そもそも、支援する側と支援される側の間で線引きがなされるのは望ましくない。気楽に過ごしてもらう場所を提供したいのに、支援する側とされる側で区別が生じてしまうと、どこか居心地が悪くなってしまう。それゆえ、簡単に「支援する」という立場を取ることはしないのだ。

 日向ぼっこが、全ての活動を行う上で大事にしていることが二つある。一つ目は、本人の意思を尊重することだ。

「サロン(居場所事業の一つ)では、皆さんが自由に発言し自由にいてほしいと思っています。ただし、他者の意見を否定するようなことは言わないようお願いしています。ご自身がどうしたいのか、何を求めているのかということを一番大事にしています。」

そして二つ目が、問題を一人で抱え込まないようにすることである。

「サロンの何気ない会話から問題を抱えていることが分かることがあるため、何気ない日常で信頼関係を結んで、具体的な問題を一緒に考えたり、相談していただければ嬉しいなと思っています。問題を一人で抱え込まないように、そのような環境を作っていくということを大切に活動しています。」

進学を断念した事例

 ヒアリングでは、実際に日向ぼっこを訪れた人の事例がいくつか紹介された。本人の意思が尊重されなかった結果、進学を断念したり、進路を変更したりするケースが多かった。

 例えば、18歳まで地方の児童養護施設にいたAさんは、大学へ進学するために普通科高校に進学したいと考えていたが、できなかった。それでもAさんは大学進学を諦めきれず、高校の卒業間際に学校に相談したところ、学生支援機構を紹介された。そこで、施設の方にも学生支援機構の奨学金を利用すれば進学が可能になることを伝えた。しかし、取り合ってはもらえなかった。そもそも、施設から社会的養護の子どもたちに向けた奨学金などといった情報は一切教えられず、また、その時点でAさんは誰に相談したらいいか全く分からなかったそうだ。

 そうして就職したAさんだったが、労働時間や給与などの待遇が事前に聞いていたものとかなり違っていた。そのため、会社に抗議したものの、取り合ってもらえず、退職しようと考えたという。しかし、辞職の意を伝えたところ、損害賠償を求められてしまった。その時、Aさんは偶然、昨年の11月まで毎月発信し、全国のかかわりある児童養護施設に送っていた「日向ぼっこ通信」のコピーを持っており、そこから日向ぼっこに相談した。そして、会社側と交渉を重ね、最終的に弁護士の力も借りて退社することができた。

 ただ、Aさんは会社の寮に住んでいたため、会社を辞めるということは家をなくすということを意味していた。社会的養護下の子どもは原則18歳で施設を出るが、未成年で保証人もいない中で一般の部屋を借りるのは難しいため、多くの人は寮がついた仕事を探すという。

 日向ぼっこと奔走した結果、幸い、Aさんの場合は未成年で保証人なしでも受け入れてくれるシェアハウスを見つけることができた。しかし、やはり大学進学は諦めきれず、今もアルバイトをしながら受験勉強に励んでいるそうだ。

 

「施設さんが悪いわけではなく、ご本人のため、ご本人の将来のためと思っていろいろアドバイスをくださったんだろうけれども、やはり本人は、自分の意思が尊重されなかったという思いを抱えているというケースがあります

経済的・精神的サポートが重要

 ヒアリングで紹介された全ての事例において、経済的サポートが不足していたと言える。特に大学や専門学校に進学する場合、社会的養護出身の人にとって、授業料と生活費を一人でやりくりするのは非常に難しい。また、資金の借り入れは担保や保証人なしでは困難だが、施設が保証人となってもらうのも簡単ではない。このような状況では、親との連絡が取りづらいケースの多い社会的養護下の若者たちは、親権者の署名が必要となると学生支援機構の援助を受けづらく、苦しい立場に立たされてしまう。奨学金のシステムが存在しても、事実上それを利用できないという問題は深刻である。支援団体を通じて個人に交付する助成金の制度も圧倒的に不足している。
 このような経済面の問題の他に、社会的養護の出身者には情報提供や相談先も不足している。

「一番残念なのは、相談先を知らないという点です。 どこに相談すればいいのか分からないという人がよくいるように感じます。少なくとも相談先を知っている、という状況を作るために情報発信していかないといけないなと思っています。」

 また、精神的な支えとなる人がそもそも身近にいないというのも問題である。相談してもいいと頭では分かっていても、人に頼ることはなかなか難しい。 信頼関係がなければ、自分が窮地に陥った時に、自分の弱い部分は見せられない。そういう意味で精神的なサポートが不足している。

 日向ぼっこのヒアリングからは、経済的な理由で苦しむ社会的養護の出身者の現状を伺った。そのような人々を援助するはずだった奨学金制度などは、実際にはその手続き上の問題からうまく機能しないこともあった。奨学金制度は、両親とのコンタクトが取りづらい人や両親がいない人を対象の1つとした制度であるべきだが、今のままでは両親のサインが求められることすらある。施設が代理人となってもらうことも容易ではない。これでは問題に対処できていない。現場の声を踏まえた、真に実効性のある政策が作られなければならない。

 また、「支援」することの難しさがうかがえた。前述のように、社会的養護の経験者を支援すると銘打てば、必然的に支援する側と支援される側の区別が生じてしまう。そうなると、居心地が悪くなり居場所事業に支障が生じる。日向ぼっこが目指しているものは気軽に話ができる対等な関係である。「支援する」側のあるべき立場を考え直す必要があると感じた。

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