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鈴木大裕氏プロフィール―

 教育研究者・高知県土佐町議会議員。1973年、千葉市出身。16歳で米国の全寮制高校に留学。そこでの教育に衝撃を受け、日本の教育改革を志す。97年コールゲート大教育学部卒、99年にスタンフォード大大学院修了(教育学修士)。帰国後、通信教育で教員免許を取得し、6年半千葉市の公立中学校で英語を教える。2008年に再渡米し、フルブライト奨学生としてコロンビア大大学院博士課程に入学。公教育の市場化と格差拡大を目の当たりにした。娘2人が通ったニューヨークのスラム街の公立小学校では保護者会会長も務めた。2016年、研究成果である『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』(岩波書店)の出版を機に帰国し、一家で人口4千人弱の高知県土佐町に移住。昨年4月に同町議会議員選挙でトップ当選。教育を通した町おこしに取り組んでいる。

 コロナ禍において、「学びを止めるな」というスローガンが盛んに唱えられた。しかしそこには疑問も生じる。
「そもそも休校になった程度で止まってしまう学びそのものを考え直すべきではないか?」と。今回は、鈴木氏が教育に求めるものについて伺った。また、アメリカでの経験をもとにした、鈴木氏の考える日本の教育格差についてもメッセージを頂いた。

 教育研究者・高知県土佐町議会議員。1973年、千葉市出身。16歳で米国の全寮制高校に留学。そこでの教育に衝撃を受け、日本の教育改革を志す。97年コールゲート大教育学部卒、99年にスタンフォード大大学院修了(教育学修士)。帰国後、通信教育で教員免許を取得し、6年半千葉市の公立中学校で英語を教える。2008年に再渡米し、フルブライト奨学生としてコロンビア大大学院博士課程に入学。公教育の市場化と格差拡大を目の当たりにした。娘2人が通ったニューヨークのスラム街の公立小学校では保護者会会長も務めた。2016年、研究成果である『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』(岩波書店)の出版を機に帰国し、一家で人口4千人弱の高知県土佐町に移住。昨年4月に同町議会議員選挙でトップ当選。教育を通した町おこしに取り組んでいる。

 コロナ禍において、「学びを止めるな」というスローガンが盛んに唱えられた。しかしそこには疑問も生じる。
「そもそも休校になった程度で止まってしまう学びそのものを考え直すべきではないか?」と。今回は、鈴木氏が教育に求めるものについて伺った。また、アメリカでの経験をもとにした、鈴木氏の考える日本の教育格差についてもメッセージを頂いた。

アメリカの教育格差

 ニューヨークでは親が希望の届け出を通じて、子どもに通わせる小学校を選択することができる。しかし鈴木氏はご息女の学校を選ばれる際に、「選べる人間が選び続けていたら公教育なんてよくなるわけない」という信念から「選ばない」という選択をし、誰にも選ばれなかった学校に入学させることとなった。しかし、入学してからしばらくして、2㎞も離れていない隣の学区の学校との間に感じた格差は予想していたものよりも深刻なものだということがわかった。

 ご息女の学校は黒人の子どもばかりであり、8割の子どもは家庭が最低生活水準を下回り、5人に1人はホームレスであった。また、音楽、体育、美術を教える先生もおらず、学校に図書館、体育館もなかった。その一方、隣の学区では生徒の大半を白人が占め、家庭の生活水準も高かった。教育環境も整っており、理科の授業で有機栽培を行ったり、バレエやヴァイオリンを専門に教えるの先生まで揃っていたのだ。ご息女が入学なさった学校ではテストの点数をあげるための教育しかされなかった一方で、隣の学校では、人間が持つ諸資質を全面的に育成しようとする、全人教育の環境が整っていたのである。

市場原理に飲み込まれた教育

 こういった不平等の背景には、アメリカが進めた市場原理の導入による公教育「改革」がある。貧困と人種問題によって生じている教育格差の是正を求め、1965年の「初等中等教育法」は「教育機会の格差の是正」を目指していたが、この改訂法である2002年の「落ちこぼれ防止法」のもとでは、これが「学習到達度の格差の是正」にすり替えられてしまった。

 これにより生じた問題は二つある。一つ目はテストの点数に基づく学習到達度という単一の指標による学校の序列化である。二つ目は国家の投資の責任が学校や教員など現場の「結果責任」に転嫁されたこと。さらに学校選択制も大きな要因となり、アメリカの公教育は、史上原理の波に飲み込まれ、子ども達が良い教育を受けるという当然の「権利」は、いつしか「選択肢」へとすり替えられてしまった。

 こうした教育政策の下で何が起こったか。テストと「結果責任」を主体にした教育の徹底管理が始まったのである。評価基準が学習到達度しかないため、テストが急増し、テストで点を取るためのテクニックだけが重視されるようになった。そのため、貧困地域においてはテスト対策に明け暮れ、テスト対策をしなくても比較的点数の取れる裕福な郊外の地域では、潤沢な教育費による全人教育が可能となった。多くの学術論文が示すように、SESの高い家庭ではテストの点は容易にとれてしまうからだ。教育の市場化が進む中で教師にも変化があった。学校や教員の評価がテストにより一元化されるにつれ、評価の低い学校は潰され、公設民営学校に乗っ取られる危機に直面した。これによって貧困地域の教育的ニーズの高い子たちを教えることが、また、裕福な地域では全人教育が行えることから、多くの教師が郊外へと流出することとなった。都市部から意欲のある優秀な教師が郊外へ移ることで、経験も知識も最も浅い非正規免許しか持たない「教員」が、最も教育的ニーズの高い子どもの教育にあたるという不幸な現象が生じた。さらに、この状況に対応すべく授業や生徒指導のマニュアル化という措置が取られた結果、いわゆる「しんどい子」や点数の取れない子が特別支援教室に入れられたり学校を追い出されたりする事態となったのである。

今、教育に求められるもの

 このような事態は、テストの点数を躍起になって競う日本の現状にも当てはまる。何をもって学力とするか、ということが問われていないまま、テストの成績のみが追求されているのだ。鈴木氏曰く、一度教壇に立ってみれば様々な能力を持つ子どもがいるとわかる。もっと評価の基準を多様にすべきではないだろうか。

 教育とはそもそも何か。この問いは、コロナウイルス流行による一斉休校をきっかけとして、より多くの人に問われることとなった。子どもたちの学習の場が保障されないこの状況下では、「学びを止めない」というスローガンが盛んに唱えられた。しかし、本来問うべきは休校になった程度でいとも簡単に止まってしまった「学び」そのものなのではないだろうか

 実際に、鈴木氏のご息女は休校中の暇な時間に何をしようかと考えだし、そのうち散歩の中で山菜に興味を持ったり、料理をしたり、遠くの友達に手紙を書く、といったことを始めた。コロナ休校は彼女たちに、時間を飼いならし、生きることを求めたのだ。中国のことわざに「魚を与えれば人は一日は生きることができるが、釣りを教えればその人は一生食べていける」とあったり、”Education is not the filling of a pail but the lighting of a fire(教育とは、バケツを満たすことではなく、心に火を灯すことである。)” という言葉があったりするように、学校に求めるものは三点のみだと鈴木氏は仰る。


「学び方を教えること」
「学ぶ喜びを分かち合うこと」
「生きる喜びを分かち合うこと」

命あるものが皆そうであるように、学び方さえ学ぶことができ、学ぶ喜びさえ知ることができれば人は勝手に学んでいけるようになる。だから学びの遅れを取り戻そうとするのではなく、これまでの「学び」そのものの枠組みを問い直したい。

 教育格差を是正する政策を考案する上で、目指す教育の在り方を描くことは欠かせない。鈴木氏のメッセージは、コロナウイルスに向き合うこの時代を生き、教育が直面する問題の当事者となっている我々だからこそ身をもって感じられるものだった。今こそ一度立ち止まり、教育に求められるものを、学校、生徒を評価する基準から再考したい。その際に学校という枠組みに縛られず、より成功の多様性が認められ、子ども自身が様々な道を選び取ることのできる社会を目指すことの必要性を強く感じた。鈴木氏は教育に求めるものを3点のみと仰っていたが、その実現には日本の社会的価値観や評価基準が同時に変わっていく必要があり、決して簡単な道ではないだろう。視野を広く、教育を通して子どもが本当に幸せを掴める社会を実現する政策を立案したい。

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